ヨガ・スートラの教え〜人間関係における「慈悲喜捨」〜

ヨガ・スートラ 1-33

「他の幸福を喜び(慈)、不幸を憐れみ(悲)、他の有徳を喜び(喜)、不徳を捨てる(捨)態度を培うことによって、心は乱れなき静澄を保つ」

人間関係で心が乱れた時に、思い出すよう努めているヨガ・スートラの一節です。
今日のブログではこの一節を取り上げて、皆さんの人間関係の悩みが少しでも解決したらいいなと思います。

 

ヨガ・スートラとは?

ヨガ・スートラは紀元前後の頃にまとめられたと言われているヨガの実践指南書であり、私たちが人生でぶつかる苦悩や悩み、不安をどのように解決していくか道しるべを示してくれます。

ヨガ・スートラは、時期的にも地理的にも仏教の影響を多少受けているとも言われ、この一節も仏教の「慈悲喜捨(じひきしゃ)」そのものと言えるかもしれません。

私は仏教徒でもヒンズー教徒でもありませんが、ヨガの学びと実践を積んでいるので、今回はヨガ・スートラからの引用として紹介したいと思います。

今回参考にしたヨガ・スートラの解説書はこちらです↓

 

人間関係の悩み、4つの種類

私たちの心が乱れる原因は色々あると思いますが、特に人間関係での悩みの場合、以下のような思いに苦しむかと思います。

  • 「幸福な人」を妬む
  • 「不幸な人」をざまあみろ!と思う
  • 「素晴らしい人」を羨む
  • 「悪い人」を否定する

長年ヨガを実践している私にとっても、人間関係に苦しむことは多々あります。皆さんはどうですか?

このようなテーマがヨガ・スートラで取り上げられているということは、人は何千年も同じことで悩んできた、ということなのだと思います。
人間が進化していない、とかそういうことではなく、人間における悩みの根本的なテーマなのでしょう。だから、このように悩むこと自体を悪いことと思わずに、受け継がれてきた聖典の知恵を借りて解決しましょう。

ヨガジャーニー写真

 

「幸福な人」に対する思い

「幸福な人」とは、例えば、お金持ち、地位や名誉がある、素敵なパートナーがいる、人気者、とイメージしてみましょう。
そういう人を目の前にした時、私たちはつい妬みの感情を抱くものです。

「あんなにたくさんお金を持っていて、きっと何か裏で悪さをしている」とか、
「人気をひけらかしているが、本当は実力ないくせに」とか、
「可愛いだけで全てを手に入れようとしている」とか。

私たちは自分に不完全さをや不満を抱えていると、どうしても他人と自分を比べて、その差を埋めるマイナスな理由が欲しくなります。でもこんな感情に飲み込まれていると、苦しいですよね?

そこでヨガ・スートラが提案してくれるのは、「他人の幸福を喜びましょう」という教えです。
「あんなに幸福な人が世界中に溢れたら、どんなに素敵な世界になるだろう」
「あんな風に素敵な人に私もなれるように、もっと努力しよう」
こんな風に考えるトレーニングをしてみてください。
他人の幸福を喜ぶ感情は、妬む感情よりも、とても心が穏やかな状態です。

 

「不幸な人」に対する思い

「不幸な人」とは、トラブルに巻き込まれてしまったり、頑張っているのに空回りしてしまう、損をする、搾取されている、とイメージしてみてください。
そういう人を目の前にした時、「ざまあみろ!」とつい考えてしまいませんか?

「他人の不幸は蜜の味」という諺もあるくらい、私たちは不幸な事を喜ぶことで、相手より優位に立ちたがる傾向があります。近頃よく聞く「マウンティング」も同じ感情のひとつかもしれません。

もちろんそのような良くない事態に巻き込まれているのは、本人が原因な場合もあるかもしれません。
でも、その優位に立ちたがる傲慢な心が、分かち合える仲間を減らしている大きな原因とも言えます。

そこでヨガ・スートラが提案してくれるのは、「他人の不幸を共に悲しみましょう」という教えです。
「かわいそうに、私にも何か手伝える事はないかな?」
「こんな不幸はもう起きないでほしい」
と憐れみの思いを持つトレーニングをしてみてください。

もちろん同情するだけでは大きな解決にならないかもしれません。
でも少なくとも私たちの他人の不幸を喜ぶ傲慢な感情よりも、憐れむ気持ちはとても穏やかな状態です。
自分の心の穏やかさを保つには、とても良いトレーニングになります。

岩手盛岡ヨガジャーニークラスの写真

 

「素晴らしい人」に対する思い

「素晴らしい人」とは、成果をあげている、徳(良い行い)を積んでいる、とイメージしてみてください。
そういう人を目の前にした時、私たちはつい羨ましいと感じ、自分を卑下し、モチベーションが下がります。

「自分はあんなに完璧ではない」
「自分はなんでこんなにダメな人間なのだろう」
と落ち込んでしまうのは、他人と比べる比較の心に囚われ落ち込み、「今自分が取り組まなければならないやるべき事=行動」から逃げている証拠です。

そこでヨガ・スートラが提案してくれるのは、「素晴らしい人を賛えましょう」という教えです。
「あの人は本当に素晴らしいなぁ!自分も見習おう」
「あの人お手本にして、一歩でも成長しよう」
心から賞賛の気持ちを持つ事で、一歩前に進む強い気持ちが生まれてきます。

落ち込んで立ち止まっている時間があったら、自分を成長させるための行動を一つでも行うべきです。
それはとても小さな一歩でも大丈夫◎
山の頂上に向かうには、小さな一歩の積み重ね以外に方法はありません。

 

「悪い人」に対する思い

悪い人とは、悪事をする、ズルをする、よこしまな考えを持つ、とイメージしてみてください。
そういう人に対しては皆が嫌悪感を抱くものです。

でも、そういった「悪い人」の本質的な部分を私たちは本当にみているのでしょうか?
表面上で起きた「悪い事」だけをフォーカスして相手を批判する事で、自分の正義や正当性を押し付けていませんか?

人間誰しもが間違いを犯します。私だってそうです。
これまで生きてきて、常に正しい事をしてきたわけではありません。たくさん間違えや失敗をしてきました。そして関わる人たちを苦しめたり傷付けてきたと思います。
「悪い事」や「間違え」をひとつもしていない人なんて、この世界にどこにいるでしょうか?
そう考えると、相手の悪い事や間違えを否定し非難する事を恥じる気持ちが出てくるでしょう。

もちろん、「悪い事」や「間違い」を見過ごせ、と言っている訳ではありません。
ただ、宇宙には「カルマ(因果)の法則」というものが存在ます。あなたがわざわざ相手に罰を与えようとせずとも、宇宙の流れで相応の結果・報いを受け取ることになります。

忠告したい、非難したい、批判したい、正したい、という気持ちが湧いてきたときには、できるだけその感情を手放し、宇宙に預けましょう。無関心でいれば良いのです。

もちろん悪い事だと知らずに行っている「間違え」の場合は、相手に教えてあげることも大切だと思います。
相手の行動の根本的な動機をしっかりと見極めることが大切です。
知らなければ教えてあげる、意図して悪事を行っている場合は無視しましょう。

ヨガジャーニー田村佳世ブログ

 

私たちヨガ実践者が取り組んでいるのは、ポーズであろうが呼吸法であろうが、瞑想や哲学全て、「体と心を磨いていくための学び」だと思います。
だからこそ、単純な健康体操にとどまらず、ヨガを実践することで磨き上げられている体と心を、より良く生きるために活かしていきたいものです。

このブログで挙げた心を穏やかにする考え方は、ヨガポーズや呼吸法と同じトレーニング法です。何度も実践し続けることで、次第に身についてきます。
最初はいろんな感情が浮かんでくるかもしれませんが、そんな時にこのブログを思い出してもらえたら嬉しいです。

 

kayo

 

 










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